LOREMASTER’S ARCHIVE: QUESTIONS FOR THE MOTH SISTER
04/03/2015
聖蚕の修道女テラン・アルミヌスが、星霜の書について質問に答え、その知識を皆さんと共有します。
本日のロアマスターズ・アーカイブでは、聖蚕の修道女テラン・アルミヌスのお話を聞く栄誉に恵まれました。彼女は皆さんの星霜の書の知識に対する渇望に気付いており、喜んでその知恵を分け与えてくださいました。彼女の回答をお読みください。
聖蚕の修道女が去った後、次回はダールモラから有名なグアル飼育者のエスクーが到着します。彼は昨今グアルへの関心が急速に高まっていることを非常に喜んでおり、グアルに関するあらゆる質問に答えることを申し出てくれています。ぜひ質問をお送りください。
Moth Sister Terran Arminus answers your questions:
聖蚕の修道女テラン・アルミナスがあなたの質問に答えます:
「星霜の書について私が耳にしたなかで唯一確かなことは、強大な力を持っており、しばしば予言に使われるということです。でも、どうしても想像せずにいられません……星霜の書の予言に反する出来事が、別の星霜の書で予言されることなく起こったことはこれまでにあるのでしょうか? もしあるなら、どうやってそんな現象が起こったのでしょう? 定命の者の介入によるものですか? それとも神の介入でしょうか? あるいは、もしそのような出来事が一度も起こったことがないのであれば、真の自由というものは存在すると思われますか? 私たちはみな運命の奴隷なのでしょうか?」 ── Drafo より
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「これは手始めには良い質問ですね。この質問に答えることで、星霜の書について、俗世の人々のあいだで信じられている、ええと……世俗的な誤解に対処することができますから。 "書" はしばしば予言の道具とみなされます──実際「エイドラの予言 ("the Aedric Prophecies")」という別名もあります──けれども、未来の出来事を語るというのは、 "書" が本来もつ性質の副次的な効果にすぎません。たしかに、 "書" は私たちにこれから起こる未来について語ります。ですが、それは未来──そして現在、過去、我々がムンダスと呼ぶこの現実のあらゆる側面に、 "書" が織り込まれているためです。 "書" に予言された出来事が固定され、変わらぬものであると考えるのは誤解です。聖蚕会で私たちは、定命の者の行動によって予言が変化する場面を幾度も目にしてきました。 "書" に予言された未来の出来事は、起こりうる事とみなすことはできるかもしれませんが、現実にそれが起きるまで絶対と呼べることは何もないのです」
「はじめに、修道女様がお元気でいらっしゃることを願っています。聖蚕会の一員であることの重責は理解しております。言語学者として、私はオブリビオンの言語を研究してきました。自らドルメンに赴き、拓本を取ったこともあります。それに関連して気になっていることがあります。あなたたちの中で、これまで星霜の書の写本を試みた者はいますか?」 ──D'arht-si, daughter of Ra Gada. より
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「D'arht-si、あなたの字は小さすぎます。私の曇った目でははっきりと見ることができません。ろうそくの光にかざしてみれば見えるかしら。……何ですって? 『聖蚕会の一員であることの負債』? 近頃では聖蚕会に所属することは恥ずべきことと見なされるのですか? たしかにこれまで尊敬を受けることは多くありませんでしたが、でもこれは、これはあんまりでしょう! 」
「ああ、待って。『重責』ですね。ハンマーフェルの娘よ、申し訳ありません。仰るとおり、私たちは最近では特に非常な重責を担っており、それがいら立ちとして現れてしまうこともあるのです。あなたの質問にはできる限り答えさせていただきましょう」
「会のすべての見習いはあらかじめ、星霜の書を書き写す試みは無意味だと警告されますが、それでも誰もが一度は試みるものです。そして、注意深く写した後で自分が書いたものを読み返してみて、その内容が要領を得ずまったく意味をなさないと気づくのです。星霜の書に記された言葉は、その者の魂と精神に刻まれなければなりません。それらは計算や知覚によって理解されるものではなく、調和や共感といった感覚によって読み解かれるものだからです」
「敬愛するテラン・アルミナス様へ。この呪われた争いの火の粉は、星霜の書の安全さえも脅かしているようです。あらゆる陣営が、征服によってそれらを手にせんとしています。野蛮な軍団は、書を所有することで戦いにおいて様々な恩恵を受けられると主張していますが、よもやこれは単純に、兵士たちが我々の偉大なる知識の砦を冒涜することで得る士気の高揚の結果、ということはありませんか? 私は、尊き書が我々の土地を汚し暴利をむさぼる者たちに援助を与えているなどとは想像したくありません。」 ── Scholar-in-Exile, Querulus Praeco より
「敬愛する修道女様。まず、三同盟の軍隊による聖堂への侵略で会の修道士たちが殺害され、幾つかの星霜の書が奪われた事件について、私から哀悼の意を表します。この忌まわしい強奪行為の後、通りがかった兵士たちが、書のおかげで強くなった、あるいは忍耐力が増したと口にしているのを耳にしました。しかしながら、書を理解できるのは聖蚕会のメンバーだけであるはずです。どのようにして書からそのような具体的な恩恵を得られるというのでしょうか?」 ── Enodoc Dumnonii, Savant of the United Explorers of Scholarly Pursuits より
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「この二つの質問には一緒に答えましょう。というのも、これらは一枚のドレイク硬貨の表と裏に過ぎないからです。とはいえこれは私の忍耐を試す試練になるでしょう。同盟の軍団による星霜の書の不当な強奪ほど私を苛立たせるものはありません! まったく忌まわしい……ときどき奴らの飼い猫を殺してやりたいと思うほどです。お分かりですか。見せしめにするためです。本当に憎たらしい兵士たち!」
「本題に戻りましょう。将軍や軍の指揮官たちが最初に星霜の書を要求してきたとき、私たちは拒否しました。書を持つことで、物質的にせよ時間的にせよ、何らかの利益が得られると考えるのは馬鹿げていると言ったのです。いずれにせよ彼らはそれを無理やり持ち去り、その後、戦場での "書" の奪取や奪還が軍の運命を左右すると主張し始めました。私たちのほとんどはこれを一笑に付しましたが、一人の修道士、エウクリディウス・ボヌム修道士が、自ら調査を始めました。彼は一ヶ月分のシロディールでの戦争の経過を徹底的に分析し、勝利や敗北、そして書の取得と奪還の関連性を調べました。そして、書の所有と、軍事的成功とに小さいながらも確実な相関関係があることを発見したのです」
「これをどう説明したものでしょう? 私の飼い猫は答えてくれません。書が所有者に軍事的支援を与えるとは考えにくいことです──それらは強力な遺物、おそらくはあらゆる遺物のなかで最も強力なものですが、その力は受動的なものであり、能動的に用いられるものではないのです──エウクリディウス修道士が独創的な思想家であることは認めざるを得ないところですが、彼は星霜の書を持つ軍の兵士たちが無意識のうちに、予言を集団的に浸透させ吸収する開かれた状態となり、兵士たちの意識が敵に対する勝利に向け一致している限り、書で予言されている内容と一致した選択を行う傾向があると理論づけました。言うなれば、歴史の流れに身を任せることで、 "書" を持った軍隊が、出来事の趨勢を決定づける選択を下す可能性がわずかに高くなり、それが勝利につながっているというのです」
「とはいえ、エウクリディウス修道士の計算はごくわずかな統計的サンプルに基づくものです。これにより物事が証明されたと考えるには時期尚早でしょう。修道士はもっと 十分なデータがあれば──例えばもう30年から40年ほど戦争が続けば──信頼に足る結論に達することができるはずだと言っています。 私はこのデータが得られるほど戦争が長く続くことを望んでいるとは言えません。 利己的な考えかもかもしれませんが」
「聖蚕の修道女アルミヌス様。星霜の書は、時のヴェールを突き破ることができ、ニルンで起きるあらゆる重要な出来事が予言されていると言われます。私の知識では、こうした出来事には、英雄の役割を担う人物がいるはずです。そこでお聞きしたいのですが、書を研究してきた方として、英雄となる人物──あるいはその魂──が星霜の書に縛られているのか、あなたはご存じですか? そうした英雄は、書が予言する出来事と同じように決まっているものなのですか?」 ── Alessandra of Cyrodiil より
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「歴史上偉大とされる出来事は関心を集めるものですが、 "書" が単に歴史的に重要な出来事だけを記しているとは考えないでください。星霜の書は、時間の糸によってムンダス全体を織りなす縦糸と横糸に織り込まれており、 "偉大" であろうとなかろうと、すべての魂はそこに居場所を持っています。多くの者が "英雄" について、あたかも彼らが偉大さを備えて生まれ、歴史の重要な役割を果たす運命にあったかのように語ります。けれど、そうでしょうか? "書" を注意深く研究するうちに私は、生まれながらに偉大な定命の者などおらず、選択をし、他の定命の者が拒む行動をとることで、英雄が生まれるのだと信じるようになりました。 "書" は人を選びません。彼らの行動を記録し、反映させ、それによってもたらされた違いを記すのです」
「聖蚕の修道女アルミヌス様へ。星霜の書は自力で動きまわれると聞きました。彼らは自分の周囲をどの程度認識していますか? 敬具、Rohais of Aurido より」
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「私たちの会でも、 "書" を扱う時、冗談めかして擬人化することがあります。ですが、 "書" を猫のように考えるのは間違いです。聖蚕会に入団したばかりの頃、司書ストロンバスに書の雑用係(Scroll Drudge)として仕えていたとき、修道士が星霜の書を研究したいと思ったら、それを誰かが持ってこなければならないのだということを嫌というほど学びました」
「ご機嫌よう、テラン修道女! あなたの会の者とはもう何世紀も話していないな。あの事件の後では……えー、今のは気にしないでくれ。あなたより前の時代の話だった、愛しい人。ところでだ、今日の私の質問は、星霜の書に点在する奇妙なグリフ、魔術師のスクリプトのような、そうでないようなグリフについてだ。あの深遠なシンボルは、あるときは星座と関連づけられ、またあるときは天体と関連づけられるようで、さらにはデイドラの君主たちと関連づけられることさえあり──これが個人的に一番奇妙だと思うのだが──それら全てが同時に関連しているように見える! ご存知のように、これらのグリフは渦巻いたり、消えたり、完全に並び替わったりする習性があるから、より深く理解するために書き留めることは非常に難しい。この神秘的で、おそらくまったく知られていない言語について、何か洞察を与えてくれるかな、シスター?」 ── Eis Vuur Warden, Wayward and Contract Scholar より
聖蚕の修道女テラン・アルミナスの回答
「星霜の書の文言を構成する奇妙で混ざり合ったルーン文字や記号についてのあなたの描写は正確ですが、それは初心者または初期の段階の読者だけが経験するものです。聖蚕の僧侶は "書" と親しく接すれば接するほど、視力が衰え、文字がさらに不明瞭になる一方で、 "書" をより読めるようになっていきます。実際、書の文言の記号と文字は、読む者にとって最も馴染みのある言語の文字の性質を徐々に帯びていくのです。それだけに、私たちの視力が衰えること、 "書" を読む能力を失うことは、親しい友人の死のようで、いっそう悲しいものに感じられます」
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Elder Scrolls Online公式サイトにて掲載されたLoremaster’s Archiveの記事を日本語訳したものです。検索の利便性のため過去作に登場している固有名詞などは可能な限り公式訳を採用しています。ESOゲーム内書籍として実装されていない本は英語の題名と著者名を併記してあります。ゲーム内書籍として実装されている本の訳はESO日本語版同書籍のものです。
原文:Loremaster’s Archive: Questions for the Moth Sister - The Elder Scrolls Online
(https://www.elderscrollsonline.com/en-us/news/post/25193)
2025年1月 訳
おまけ:
※ESOゲーム内書籍版。星霜の書は空間的には動けないかもしれないが、時間は飛び越えられる……のかもしれない。
『星霜の書の考察』
ウィンターホールド大学、セプティマス・シグナス 著
最高級の布地の恵みがよく見える、波の下で暮らす生活を想像してみよ。えらを覆う布を抱き、その縦糸と横糸を吸い込み始めるだろう。植物の繊維は魂に染みわたるが、卑しいプランクトンは予言を悪臭で満たすまで布を汚すだろう。これは書が最初に起こった1つの方法だが、我々は海なのか、呼吸をするものなのか、もしくは布なのだろうか?それとも我々自体が息吹なのだろうか?
知識が流れるように我々は書を通って流れ、水になるのだろうか。それとも先端に集まる海の汚れの沼地にはまっているのだろうか?
再び想像せよ。だが今回は違う。風の流れに乗っている鳥は突風に押し上げられ、石で打ち落とされる。しかし鳥がひっくり返れば、石は天から降ってくることがある。それなら突風はどこから来たのだろうか?それにどの方向から来たのだろう?神が石も突風も仕向けたのか、それとも鳥が自分でそれらの存在を運命づけるのだろうか?
全能の書は、相対的位置を絶対的な最高の位置に変えるような転換を生み出す。
今一度、想像せよ。今回あなたは地面の下にいる。森の善意あるエルフの乙女が遊びで植えた小さなドングリだ。育ってほしいと願う一方、どんな姿になるのか心配でもある。そして水、土、太陽を弾き飛ばし穴にこもる。だが、これは木に成長するときの息みなのである。どのようにして起こったのだろうか?
この場合、ドングリは木の卵のようなものであり、知識は水と太陽なのだ。我々は卵の中の鳥だが、土でもある。書から得る知識は、自身が完全な視界を得るためのものだ。
今までの知ったことから心を閉ざす前に、最後の想像だ。あなたは今、果てしない空虚の中で燃え盛る青い炎である。仲間を見るうちに、彼らは遠くであなたの側に沿って自ら燃え上がる。小さな細い先の海であり、記憶の集合なのだ。それぞれが明るく燃え、徐々に消えていく。空虚が思考を吸い取る腐った光で満たされないよう、2つは位置を占めるが永遠には占めない。
我々のどの心も実際は空虚である。そして書から学ぶことは精密に定められている。突き刺すような光がなければ、空虚がそれ自身気づかないようにその空虚に気がつくこともなく、私の意識は果てしない無となるだろう。しかし、この炎は危険であり、慎重に扱われ、自身の元にもたらされ、仲間へと広がらなくてはならない。
(聖蚕会の修道士クインタス・ネレベルスのメモ:蔵書庫のルネンの書の後ろで見つかった。長くそこにあったことは間違いないが、発行日付は「第四紀195年」となっていた。これは明らかに記述ミスと思われる)
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